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“焼屋敷”という古い地名の名残が消えて行く

12-10-22焼屋敷踏切
 
 今、阪神甲子園と武庫川間の高架化工事が行われている。上鳴尾と甲子園七番町を結ぶ踏切(甲子園駅から大阪方面最初の踏切)の名前が写真のとおり“焼屋敷踏切”です。これはこの直ぐ南側、甲子園七番町の極狭い範囲が“鳴尾町焼屋敷”という町名だったからです。この踏切は元はもっと西側にありました。勾配が1メートルくらい上がったところにありました。踏み台が3段ほどあって幅も人が通れるだけの道幅でした。1960年当初は遮断機も無かったと思います。昔の町(地名)はそれぞれ由来がありますが、その名残もだんだんに消えていきますね
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阿波角孝治

Author:阿波角孝治
行政書士
日本共産党鳴尾北支部広報係
自治会世話人

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