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終戦の翌日は

69年前の8月16日、加古郡天満国民学校の登校日。
疎開していた母親の叔父の家から学校へ。当然防空頭巾は持参せず
クラスの人も一人を除いて持ってきていなかった。

ところがそれをみた20歳そこそこの女先生が猛烈に怒った。
「何故、持って来なかった。 先生は必ずカタキを打ちます。
みんなも闘いなさい」というようなことをしゃべって泣いていた。

こどもごころに「ちゃうな~」という感じ。
昨日の放送を聞いたあとの大人たち。近隣の多くの人がラジオを聴きに集まっていた
今思えば農家にはラジオも無かったんですね。
おおぜいの人たちは放送で何をしゃべっていたのかわからなかったようできょとんとしていた。
もちろん子供に判るはずもない。
一人大叔父だけが「敗けたがいや!」と言った。
だれも拍手こそしなかったが、ふ~~というなんともしれない「良かった感」が漂った。

そんな感じで1日が過ぎた。 だから敏感にこどもたちも、防空頭巾はもういらない
とおもったんでしょう。あるいは親がそんなもんいらん、と持たせなかったんでしょうね。

今も鮮烈に覚えている1945年8月16日
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阿波角孝治

Author:阿波角孝治
行政書士
日本共産党鳴尾北支部広報係
自治会世話人

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