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もう11月だ! 光陰矢の如しだなあ!

 もう11月! この“11月1日”という日には遠い昔の思い出がある。1945年11月1日だ。
 
 その年3月14日未明の大阪大空襲で焼け出され、母親の叔父宅(加古郡天満村国岡=現稲美町)の離れに疎開していた。天満国民学校2年。
 11月1日(木)は寒かった。そこで朝、登校前に「足袋を出して欲しい」と母親にねだった。
「12月になったら出してあげる」と言われたが、「寒いから今日から履かせてほしい」と駄々をこねた。現在より気温は低かったのだろうし、食料不足で栄養失調気味だったと思われるから余計に寒く感じたのだろう。

 天満国民学校のクラスには神戸から疎開してきていた子が数名いた。大阪からの疎開者は自分だけだったように思う。
 クラスには何組かの同姓の子ども達がいたので、先生は生徒を呼ぶ時姓ではなく“名”で読んでいた。
 同級生は『疎開の子』を“そかい”ではなく「おかい、おかい(おかゆのこと)」とやゆしていた。

 そんな中、3学期には私が級長に指名されたので、大叔父(20歳台で校長になった人、在職中の給与は知事と同額)は「余所からの転入者が級長になるなんて大変なことや」と言った。
 でも級長はいやだった。朝礼のとき、一番前に並ばされる、長ズボンが無かったのでパッチの上に半ズボンをはいた格好が恥ずかしかったのだ。“たび”も白足袋だったし。

 こんなこともあって「11月1日」のことが忘れられないのだと思う。
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阿波角孝治

Author:阿波角孝治
行政書士
日本共産党鳴尾北支部広報係
自治会世話人

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